ども!にしきよです。
みなさんVALUってますか?
VALUが始まって約1年程経ちましたね。
私自身初期にがっつりやっていた頃を考えると、結構落ち着いた利用頻度になっています。
毎日アクティビティに投稿しなくなったし。
今回は同一サービスを使っているユーザー同士ってお互いを信用しやすい傾向にあるのかな?って個人的に考えています。
特にVALUにおいてはそれがより顕著のような気がするんですよね。
多分それなりの理由があるし「みんな良い人なんだよ」みたいな思考停止系のお話ではないんじゃないかなって。
その根本を考えるとVAを販売するという部分に集約されているじゃないでしょうか?ってお話。
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・何故かみんなが「温か」過ぎる。
そもそも対人関係であまり他人を信用しない私自身の特異な意見だという事を念頭に置いてお話させて頂きます。
もしもリアルでそんな事を言ってる人が居たら私だったら避けるような方が何故か支持されたりするのがVALUって印象なんですよ。
目標に対しての行動が矛盾してたり、営利目的のイベントを事前活動のように宣伝したり。
それでも何故かシェアしたり同じVALUユーザー同士で参加を募ったりと不可思議な現象がアチラコチラで行われてました。
特に初期の頃はそういった事が多かったように感じますし、落ち着いている今でも少数ながら存在しているんじゃないでしょうか?
もしも他のSNSで見かけた時に同じ行動が出来るか私には疑問です。
まぁそもそも私の意見が多少極端なので少数意見にしか過ぎないんでしょうけど(念押し)
「温かい」と一言で表現するには少し違和感があり、義務感的な雰囲気が存在してるというのが私なりの答えです。
・一つ一つの行動が評価に繋がるから行動パターンが似ている気がする。
私自身も正直なところ雰囲気に飲まれていると思っています。
そもそも私はネガティブな思考を持っていて、VALUに置いて言及する時には多少それが抑えられていてポジティブなコメントをする事が多いんですよ。
何でそういう事になるかというと、行動の一つ一つが「評価」に繋がるから。
VALUに置いての評価は「価格」と「VAの販売」を主軸にして「良いね」の数や「シェア」された回数なんかが分かりやすい基準になるんじゃないでしょうか?
じゃあその評価をどうすれば上がりやすいかと考えた時に「良い人」である事を選ぶ方が多いのかなって私は思います。(良い人っていうのはそれぞれ基準が多少異なりますが)
だからこそ異常なまでの温かさが存在し、リアルとはかけ離れた違和感を私は感じます。
まぁそれが良いか悪いかはまた別の話。
私の言葉だと悪い印象を受けるかも知れませんが、良い評価を受けようと行動する事は本来物凄く大事な事だし有意義です。
ただ私が言いたいのは「良いものを良いと言う人」と、「周りから良いと思われる為に良いと言う人」のとどちらが信用できますか?
・信用したいかは自分自身で選ぶしかない。
本当に信用できる人を見つけるのは難しいです。
特にVALUでは一見多くの人が素晴らしい人に見えるはずではないでしょうか?
ただそれが本心かどうかは、実は本人すら分かっていないんだと私は考えています。
過去のアクティビティを見た時に素晴らしい言葉を書いてると思ったら、5ヶ月前にアップしてそれ以降更新していない人多いですよね?
なのでVALUの中で誰かを信用するというのは本来物凄く難しいはずなんです。
特に継続的にVALUを続けている人は。
でも「私の視点」からVALUのユーザーを見ると物凄く簡単に人を信用しているようにしか見えません。
まぁそもそも一方的な信用でしかないので、答える義務も無ければ答えて貰えなかったからと文句を言う必要もないんですけど。
だからこそ自分自身が感じる違和感に気づき、その人を信用「したいか」「したくないか」を決める必要があるのかなと考えています。
ある意味では頭脳スポーツ的な要素を含んでいるから難しいし楽しめるのではないでしょうか?
冷めて見てるからそう思うんでしょうけどね→にしきよ(西村清孝)のVALU
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